栗ごろ寝
<<
作成日時 : 2007/09/26 16:07
>>
トラックバック 0 / コメント 8
更新遅くなりまして失礼しました。
噺家です。外遊びです。彦いちです。
我らの世界は大衆芸能の一方で伝統的、封建的な面も多い。
高座で演じる落語ははもちろんのこと着物やたたずまいもキマリゴトも少なくない。その中落語界での外遊び!?。
今日は落語会「SWA」(創作話芸アソシエーション)の会。
開演前っす。
着物には袖にライン入って胸と背中には背番号だって入っている。
噺を創作してゆく集団。芸名の書いた「めくり」の代わりに映像を使う。
封建的落語の世界からは、若干外の活動っぽく始まったのだが、ありがたいことに今では仲間やお客様にも支持されてきているようだ。チケットも毎回即完売が続いている。とってもありがたい、それに答えるべくアイデアを絞り出し創作ファイトしている。
今日は、噺一席づづも完成されつつ、四席聴き終わったら、それが大きな一席になっているというこれまで落語会になかった試み。
メンバーは現在、四人で構成。(敬称略で)、三遊亭白鳥、春風亭昇太、柳家喬太郎、と僕。
すでに3,40席創作している。
僕はさておき、皆相当なやり手の演者。もちろん各人個人的にこれまで100席以上は創作しているが、それに加えてプレイヤーとしての刺激だったり、噺に普遍性をもたせたり、創作落語の可能性を広げるため昇太師がそれぞれに声をかけ「SWA」を立ち上げた。
これまで創作した噺を各人で演出方法を変え上演したりもしている。
古典落語と呼ばれているものは500席ほどあるが高座にかけれらるものがだいたい300くらいと言われている。いや寄席やホール落語会の舞台袖でよく聞く噺はだいたい100席弱くらいに絞られている感じもする。
そうそう、「古典落語」という言葉自体、40年ほど前に便宜上出来た言葉なのだが、使いたがる落語好きの人も多く、それをなぞるようにやる人をエライと思っている人がいる。実は江戸時代からそっくりになぞっている噺家は誰もいない。江戸時代から落語は落語なのだ。新作も古典もない。面白いかどうか、魅力的かどうかっす。きっと。
そういう僕も先人の遺産である古典落語は好きだし、様々な手を経て、洗練、完成されているので大事にしつつ自分なりのアプローチで取り組ませいただいている。ん!?気が付くと、進化だか退化だかわからなくなることも。
そういう噺も創作噺も構築しては壊しての繰り返しで、荒削になってしまうことも多々ですが、なにとぞよろしくお願いしまっす。押忍。
ちなみに今日の僕がやった噺は「臼親父」という、しがないサラリーマンがあるおとぎ噺の世界に入り、自信を取り戻す・・・。
そういった創作噺の試みに、作家の夢枕獏さんが「ん?SWA?って言うの?よし!」とチャンピオンベルトを作ってくれた。チャンピオンを決めるわけではないのだが、我々のご神体としていつも公演中はロビーに飾ってある。
公演が終わると、野外へせっせと出かける。
いい光景だが、ごろ寝殺し!の土発見。
イガイガグリグリ、これはごろ寝できませぬ。ごろ寝風で。
おまけ、秋です。栗です。
|